2017年02月04日

「魔よけ」として文字に朱を注す 

道祖神の里めぐり                         
丹沢山塊の裏(旧津久井町)の道祖神 相模原市緑区

荒井の道祖神 ・双体 ・自然石(奇石)  鳥屋1762
荒井地区を流れる串川の上流。高さ10bほどの擁壁の続きの土手に立つ。(杉の大木の根元)
川岸からは近づけないので小林孝夫さん宅の庭を通してもらった。道祖神が祀られている場所は小林宅の裏庭の続きなので、護持は小林さんがされているらしい。「護岸ができるまでは、子供たちがこの下で水遊びをよくやっていた。いたずら坊主がいて、この道祖神を川に放り投げたりして喜んでいた。それで私が川から担ぎ上げ元に戻したんだけど、大変だったよ」と小林さん。子供も少なくなり、ドンド焼きは川向の「御屋敷」と一緒に行っているとのこと。双体像は摩滅が進んでいるが初期の僧形合掌像に見えた。
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鳥屋の道祖神  ・石棒 ・文字碑  鳥屋郵便局近くの鳥屋諏訪神社境内
男根状石棒 丈60cm
 諏訪神社本殿の右側に男根形の石棒が鎮座。形状から縄文時代の石棒と思われる。
神社の裏山に続く地に寺原遺跡(縄文時代の集落)が出土している。
私が住む寺山でも、昭和10年に縄文中期の住居跡から石棒(立石)が出土し、研究者の間で注目された。わが国では古代から立石と陽石は信仰の対象として祀られていたようだ。
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文字碑 「道祖神」の文字に朱が注してある。「朱・赤」は「生命再生」「魔よけ」の色である。「天保二(1831)年」の銘 碑高45cm
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並置されているのは文字碑道祖神だが銘は読み取れない。

青野原の道祖神  ・双体 ・文字碑  バス停「青野原」の近くの四つ角。「どうし道」沿いに立つ。
男女双体像 男神は筒袖の着物。女神の髪型や表情、元禄袖などから見ると素朴な子供の合掌像に見える。上部に注連縄と三枚のシデが刻まれている。西相模では見られない塔。銘は「明和九(1772)天壬辰正月吉日願主当村中」35×34  
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文字碑 正面に「奉勧請道祖神」と刻まれている。「奉勧請」というな銘を持つ道祖神に初めて出合った。左面は「宝暦七(1757)丁丑年五月」、右面「郷中若干人」 43×20
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三ケ木の道祖神  ・文字碑 相模原市緑区三ケ木(ミカゲ)127
文字碑 銘は「天保十(1839)年巳亥正月吉日 願主当所於立」。男根形の自然石。
隷書体で、道祖神の「祖」の文字が男根を表している。文字に朱が注してある。自然石で103×60
国道412号の青山交差点の近く。三ケ木から青山に入り直ぐ。厚木に向かって左側の道沿いに立つ。
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青山の道祖神  ・文字碑  相模原市緑区青山3078
文字碑 道祖神の「祖」の文字が男根。字体は三ケ木の道祖神に似ている。銘は「天保九乙(1835) 年4月□日 宿中」
この碑にも朱が注されている。自然石・70×45
 国道412号の青山交差点近くの八阪神社の鳥居の右脇
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 三ケ木と青山の象形文字風の「祖」の文字碑と同じようなものは、山梨県北杜市でも見られる。
  
posted by echo-take at 13:45| 神奈川県 旧津久井町の道祖神