2016年09月23日

子孫繁栄を願う道祖神

蓼科湖畔の道祖神  茅野市北山 蓼科湖畔
 男女双体道祖神 神祇系直立像「昭和35(1960)年1月14日」の銘。しっかりした小屋掛の道祖神で「縁結び道祖神」と表札がある。半浮き彫りで、男神は笏(野球のバットのような長い形をしている)、女神は宝珠。なぜか目と口が白の彩色。子供のころ読んだ漫画「冒険ダン吉」が浮かんできた。
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北大塩の抱擁(接吻)道祖神  茅野市米沢 北大塩   
男女双体道祖神 銘は無い。おそらく江戸時代の造立だろう。
 絡み合っている足、片肌脱ぎの女神、男神の表情や女神の肩にまわした両手などおおらかな造形。供えられていたのは子がいっぱい付いた根ショウガだった。90cm×55cm 像高45cm
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 《子宝》をイメージした男女双体(抱擁)道祖神は群馬、長野で多く造立されている。(秦野では見られない)
 
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文字碑道祖神90cm×45cm と男女双体直立像も並立
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 山寺地区の頬かむり道祖神   茅野市豊平 白山神社前
 男女双体道祖神 握手像 女神は御高祖頭巾に似たものを被っている。男神も被り物をつけているが、顎の下で結ばれた紐からすれば防寒頭巾だろう。初見である。ここの小字名は「山寺」。冬の八ヶ岳颪を想像する。子供のようにあどけない表情、不細工に握られた手。道祖神はその地の風土と生活を今に伝えてくれる。
アーチ形に加工された石をアーチ形にくり抜き像が彫られている。台座に「道祖神」「文化三(1806)年」の銘。
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 南大塩の子宝道祖神  茅野市豊平 南大塩
  陽石(子宝道祖神)48cm×35cm
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 次は傍らの案内板の文(南大塩区設置)

 子宝道祖神(道祖神の奪い合い)
 昔、上辻の組ではどの家も子宝に恵まれていた。ところがすぐ下の小窪辻(千本木辻)の組では反対に子供が少なく、他家からの養子縁組が軒並みであった。小窪辻の人達はこれは道祖神のせいかもしれない。あれをそっと貰ってこようということで、上辻の道祖神の傍らにあった石棒に似た石を掘り出し密かに小窪辻の道祖神の傍らに祀ると、小窪辻は子宝に恵まれだした。
一世代経って上辻では、子供の不幸が続くことで苦労したことから、以前あった石の神様が小窪の辻に祀られていることがわかり、返してくれるように頼んだが、なかなか返してくれない。とうとう奪い返したのが現在の道祖神であるという。(伝承)

 陽石の隣に立つのは男女双体道祖神 握手像 摩滅が著しい。バナナが供えられていた。77×45 像高35
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 南大塩の道祖神   茅野市豊平 南大塩
 双体道祖神 肩組み握手像  (向かって左) 神祇系の肩組み握手像は珍しい。花(火)頭窓の中。短躯でかわいらしい。70cm×50cm 像高30cm 蜂の巣があり近づけなかった。過去にも身延町、松本市里山辺で足長蜂の巣に出会った。
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 (中) 男女双体握手像。表情は童子を思わせる。うつむき加減で優美な姿態。銘は明治三十五(1902)年一月吉日  70cm×43cm 像高45a
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 (右) 合掌像だが摩滅が激しい。

南大塩公民館の道祖神 茅野市豊平 南大塩公民館前
 男女双体道祖神3基 握手像 3基の土台には「明治十八(1885)年十二月吉日」の銘がある。
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 向かって(左)男女双体像 右に立つ女神は酒器を手にしているように見える。75cm×45cm
 (中) 双体像だが男女双体とは判別できないほど痛んでいる。
 (右)男女双体像 男神が女神の手を取り先に歩く“道行道祖神゜とでも言えそう。米子市淀江町福平で見た「燭代を手に男神が女神を導いている像」を思い浮かべた。残念ながら摩滅が進んでいる。完全な姿のものを見たいと思った。明治六(1873)年造立 60cm×35cm
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道祖神は性ノ神
今回の「里めぐり」で、「ご縁想=道祖神盗み」に関わる五つの塔碑に出会った。その中で南大塩の子宝道祖神、北大塩の接吻道祖神は子孫繁栄を願う「性ノ神・夫婦和合の神」だった。
道祖神は「サエノカミ」または「サイノカミ」とも呼ばれる。(秦野では「セエノカミさん」) その「サエ・サイ」を文字で表すと「塞」「歳」「才」「賽」「財」「幸」「妻」「障」、そして「性」。これらの「サイ」を刻んだ文字碑道祖神が実在する。

          


posted by echo-take at 11:02| 長野県 茅野市の道祖神