2014年06月21日

道祖神を詠う  倉渕・安曇野・辰野


2013年12月4・5日
道祖神の里めぐり   道祖神を詠う 

       
倉 渕 
 小春日やよう来なさつたと夫婦神               
 山陰に笑む道祖神冬温し
 里小春肩組握手道祖神
 冬日向寛永二年の双体仏
 道祖神の嫁入り話暖炉燃ゆ
 石神の微笑み二つ初写真
 肩組みも握手・抱擁・献酬も「生の全う」願う姿ぞ

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  熊久保の僧形双体像 寛永2(1625)年

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    道祖神の源流の一つは自然石(左)    右は陰陽石

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御幣と日の丸が添えられている・享保12(1727)年

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   寛政6(1794)年

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  上の4塔は倉渕中学校近くの稲荷神社境内に

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 「長井百庚申」と共に祀られている坐り雛型道祖神は倉渕特有のもの


安曇野・穂高 
 今朝の冬まとひ常念岳屹立す
 冬霧に沈む朝(あした)の道祖神
 雪嶺を負ふて彩色道祖神       
 冬耕の婦(つま)路傍神に見守られ
 冬日向頬を緩めて夫婦神
 この顔は誰彼に似てると笑い合い歩幅大きく安曇野を歩く

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   本郷の握手像 安政5(1858)年

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  本郷の握手像 天保4(1833)年

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 矢原の酒器像 明治25(1892)年


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 柏原長野の酒器像 安政6(1859)年 
 
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  三枚橋の握手像・文政14(1831)年と文字碑 

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  神田町の酒器像 慶応2(1866)年 

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 身の丈5cmに満たないほどの双体握手像


辰野・沢底 
 冬晴れや裾まくりとふ道祖神
 木枯らしや一村望む夫婦神
 風筋の木の葉あつめて路傍神
 裾まくり道祖神落ち葉のコンチェルト      
 冬到来風のごつんと石神に
 天明の飢饉の中で祀られし双体像はひときは小さし
 
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   天明3(1783)年造立


 この「道祖神の里めぐり」は、まほら秦野みちしるべの会の研修旅行でもあった。 
  
  語りあふ人居る幸ぞ温め酒  


 
posted by echo-take at 16:06| 群馬県 高崎市 倉渕町の道祖神

2014年05月17日

「優雅さは天下一品」の双体道祖神 

道祖神の里めぐり  群馬県高崎市倉渕町  2013年8月29日

「優雅さは天下一品」の双体道祖神  下諏訪神社境内


 倉渕の再訪は、2012年に訪れたとき時間の関係で寄ることができなかった「その優雅さは天下一品」と言われる男女双体道祖神さん(下諏訪神社の境内)にお会いするため。倉渕の道祖神マップはていねいに作られているので、それほど苦労をしないで対面させてもらえた。

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 碑の高さ75a、男神は48a・女神42a。天明8(1788)年の造立だが、像の剥離はあまり見えない。二神共に伏し目の穏やかな表情。女神は御高祖頭巾を着けている。持っていった秦野の地酒を献じた。

 この名品の傍らに、かなり崩れている男女双体像が祀られている。握手像だが、男神の手を女神がつかんでいるとも見える。
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イノシシの侵入を防ぐ金網の外(集落の外)に神社が取り残されてしまったのは寂しい。


 群馬県最古・寛文2(1625)年の熊久保の僧形道祖神も再訪
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 双体の近くに立つ地蔵の顔は子どもの容姿のように見えた。道祖神の源流は地蔵菩薩とも言われている。地蔵さんは子どもと仲良し。賽の河原で子どもを助けてくれる。だから道祖神祭りは子どもA関わる祭りである。
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 この道祖神場の隣りの民家は門口に道祖神を模したような双体坐像を据えている。この家の姉妹が国民体育大会に出場した記念の道祖神?とのこと。道祖神への願いとは少し異なるが、今も道祖神を思う人々がこのように存在することは嬉しいことだ。
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 最後に訪れたのは「長井の百庚申」と共に立つ6塔の道祖神。ここ倉渕にしか見られない坐像の元禄雛形道祖神は元禄5(1692)年の造立(左端)。右から三番目は下半身を省略したような短身像。右端の双体道祖神は御高祖頭巾道祖神として知られている。

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 倉渕村は平成18(2006)年1月24日に高崎市と合併した。その際、倉渕村を形として残すためにこの道祖神公園が設けられた。公園の敷地は倉渕村の形、中央に烏川をイメージするせせらぎが流れ、そして倉渕村の象徴でもある祝言像の大きな道祖神が祀られている。台座には「倉渕邑中」と明記されている。道祖神の村・倉渕村の永遠のモニュメントでもある。

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posted by echo-take at 14:25| 群馬県 高崎市 倉渕町の道祖神

2014年01月22日

道祖神の里めぐり 群馬・高崎市倉渕町

2011/8/16 道祖神の里めぐり 群馬・高崎市倉渕町 

                                                                               
 『奥の細道』の序章に「道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより」という一節がある。この8月、宿願だった群馬・高崎市の倉渕町(旧倉渕村)と長野・安曇野市穂高町(旧穂高町)の道祖神に会い出かけた。


8月16日
 午前9時少し前、倉渕地区の入り口(三ノ倉落合)で出会ったのが抱擁する道祖神。高崎市教育委員会の解説書には「特異な抱擁像」とある。塔の側に立つ旧倉渕村教育委員会の案内板には「浮世絵を思わせるような夫婦和合像」と記されていた。
道祖神は複合信仰の神で、塞の神、岐の神、結縁の神、子宝の神、豊作の神など万能の神。この抱擁像の他にも、女性の胸元に手を滑らせているもの、下半身に手を伸ばしているものなど、おおらかな神様がいくつも見られるのが倉渕の双体道祖神の特徴の一つ。秦野地方では全く見られない道祖神像である。

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 水沼坂下の握手像はガイドブックなどにも載る特徴のある道祖神。今回ぜひ会いたいと思っていた道祖神さん。お盆で倉渕に里帰りしている女性に出会ったので、像のありかを尋ねたが自信のある答えはもらえなかった。集落からの道が大きく回りこんでいる山道の陰に、頬を寄せ合っている道祖神さんがいらっしゃった。仕草・表情はまさに夫婦円満の象徴。明るい開けた場所に立たせたい。
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 権田地区の「長井の百庚申」と呼ばれているところに6塔の道祖神があると資料に紹介されている。林道の脇の階段を登ると、生い茂る夏草の中に庚申塔が林立している。文字通り「百」はありそうだった。その庚申塔群の奥に道祖神が祀られている。この地に立つ道祖神と庚申塔は道路改修の際、ここに集められたらしい。

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 長井を通る信州街道は草津温泉に続くので草津街道とも言われ、多くの旅人が行き来した。6基の双体道祖神の中で「御高祖頭巾」の像は「優雅で逸品」と記録されているが、時を経たこととその修復とで価値をうかがうことが出来なかった。倉渕にしかない「元禄びな」と呼ばれる坐像の双体道祖神もある。冬の陽だまりの中で6体に再会したいと思った。

 倉渕地区は道祖神の宝庫といわれている。77カ所、114塔という数はもちろん、造形的に見ても優れたものが多い。こんな素朴で優雅な倉渕の道祖神さんが盗難にあった。下の像は平成3年盗難に遭い、まだ倉渕に戻って来ていない。

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盗まれた道祖神はこの二体と並んでいた。(岩氷 天満宮)
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 神明宮境内の道祖神
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 倉渕中学校横 稲荷社境内の道祖神
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 握手像だか男神の手は(稲荷社境内)
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 下水沼の雲上道祖神
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 平成6年建立 権田地区
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posted by echo-take at 12:59| 群馬県 高崎市 倉渕町の道祖神