2014年01月11日

富士宮の道祖神めぐり

武勝美の道祖神めぐり 富士宮市 2013年3月27〜29日

 バラエティに富む富士宮の双体道祖神  

 富士宮市は広い。(秦野市の約3.8倍)道祖神は村はずれに立つのが普通。カーナビではななか行き着けない。だが同行者の奮闘でお会いしたかったたくさんの道祖神にめぐり合えた。行き会った地元の人たちから道祖神祭りの話を聞かせてもらった。
 富士宮市で初めて出会った道祖神は沼久保の握手像。目を細め出迎えてくださった。次に訪れたのは富士フィルムの西門前の双体道祖神。男神は右手で拝み、左手は女神の下半身に伸びている。その手を押さえている女神。像の後ろに富士の湧水が豊かに流れていた。
fujifilm.JPG
 
 大岩地区は自然石をくりぬいて彫った双体握手像。11面観音像、庚申塔、馬頭観音像などと共に祀られている。陶製の七福神・犬・招き猫などの飾り物も納められている。現代の信仰のありようについて考えさせられた。

 富士宮最古の道祖神は元禄2年(1689年)富士宮最古の道祖神は「富士山にこにこ長屋」という飲食店の裏に立っていた。持って行った歯ブラシで土ぼこりを払っていたら、近所の年配の女性が現れた。そして「きれいにしてくださってありがとうございます」と話しかけてきた。道祖神祭りとダンゴ焼きのことを聞いてみた。ダンゴはミズキに刺すとのこと。道祖神を火中に投げ込むことは、今は行われていないようだ。
fsako.JPG


 山宮保育園の近くの交差点に「向の双体道祖神」は交通安全の標語塔「慣れた道 気のゆるむ道 事故の道」と並んで立つ。男性は笏、女性は拱手(懐手)の像。
fmukai.jpg
 

 大きな手で肩組む道祖神

 田んぼの農道に車を入れ、仕事をしている男性に道祖神の所在を尋ねると、「あの桜の木の下だよ。オレ、もう帰るからもっと車を突っ込んでいいよ」。
 幹本体はとうに枯れてしまったソメイヨシノ。だがヒコ生えは若い花を咲かせている。目指す道祖神さんはその木の下に大きな手で肩を組む。
 精進川の道祖神は「盗難に遭い地域の人が買い戻しここに祀った」説明文が付いていた。舟型双体祝言像で握手しながらヘイシと杯を持っているが、その手は大きい。この2体を富士宮市教育委員会は抱擁像と分類している。
hand2.JPG  fhando.jpg
 

 「大切な広場だから」道祖神場で出会った人の言葉 

 どこでもそうなのだが、道祖神が祀られている前にはちょっとした広場がある。「道祖神場」と呼ばれていて、昔から地域の人たちの祈りの場、交流の場、憩いの場となっている。市原地区の道祖神は一本の大杉の下に祀られている。その道祖神場は、造花だが花が飾られきれいにされていた。
 道祖神の汚れを取っていると、年配の女性が草削りを手に広場に入って来た。そして「お参りですか。ありがとうございます」と声をかけてきた。神奈川から来たといったら、大変驚き、喜んでくれた。
 「6軒でこの道祖神を守っている。きょうはこれから広場の草取り。ここは私たちの大切な庭だからね。この土地の持ち主がここだけは昔のままにしておいてくれる。だからきれいにしなくてはねえ」。
 ドンド(ダンゴ)焼きのこと尋ねたら、広場の片隅の黒い灰を指し、「ここで焼いた」と説明してくれた。ダンゴの木(木の名を聞いたが《度忘れ》してしまったようだ)に三個のダンゴを刺す({三本槍}というらしい)、というのも昔の秦野地方のダンゴの刺し方と同じ。
 「このごろのダンゴは白ばかりで寂しい。昔は赤や緑のダンゴを作ったけど」と言う。集落の過疎化を思った。
fniw.JPG

 
 道祖神は「タムケノカミ」

 集落を抜けると車1台がやっと通れるほどの林道を10分ほど走る。対向車が来たらお手上げの杉林を抜けると山小屋・ほうちん山荘があった。そこにいたるまでに人家は全く見られない。その小屋の前に山羊が1匹つながれている。その山羊が人恋しそうに私たちを見ている。山小屋の先に咲く豆桜(富士桜)の下に立つ袖中合掌像。並び立つ題目塔は『題目』という文字だけが読めた。
 道祖神は「手向けの神」とも言われ、峠に立ち旅人の安全を守る。イザナギが黄泉の国からヨモツヒラサカまで逃げ帰ったとき助けたのが杖。その杖が「岐神・フナトノカミ」。そのことから、旅人は峠に杖を立て旅の安全を祈るようになった。「手向け・タムケ=峠・トウゲ」と解く人もいる。ここの道祖神は今は「タムケノカミ」となっている。この道はいくつか峠を越え身延山久遠寺に繋がっている。
tamuke.jpg


 富士宮の道祖神は 倉渕系・安曇野系・西相模系(秦野系)も 

 秦野の道祖神と富士宮のそれとの違いは明らかである。秦野の多くは僧形直立双体像だが、富士宮は、単体僧形像、直立双体僧形や男女握手像もある。他にも肩組み像、祝言像、更には倉渕の道祖神の特徴とも言える野趣溢れるものも見られた。

  車窓から途切れなき花東名道

 東名高速道沿い、立ち寄った地のどこも桜は見ごろ。富士山本宮浅間大社の朝の桜は
  咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり  虚 子

fu.jpg
 桜の下の道祖神さんはそれぞれ穏やかな表情で私たちを出迎えてくれた。
 大岡信ことば館、若山牧水記念館も訪問。久能山東照宮参拝。浜松餃子、富士宮焼きそば、静岡おでん、しらす掻き揚げ丼、うな重。そして最後に訪れたのは「世界の菓子まつり」。《道祖神とご当地グルメ三昧》の三日間。こういう過ごし方を「至福の時」というのだろう。同行者に感謝したい。
その「ことば館」で見つけた大岡が朝日新聞に29年間・6762回連載した『折々のうた』の最終回(2007年3月31日)に採ったうたは、
 薦着ても好きな旅なり花の雨    田上 菊舎

 芭蕉は『奥の細道』の序で、「道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより」と記している。次はどこの道祖神に招かれようか。
 
ftonan.jpg

 傍らの説明碑に「昭和36年(1961年)に盗難に遭い 昭和47年(1972年)、清水市某所で発見。買い戻した」と書かれていた。
posted by echo-take at 14:50| 静岡県 富士宮市の道祖神