2014年08月07日

山梨特有の石祠道祖神

道祖神の里めぐり  2013年12月8日・9日
山梨県 北杜市小淵沢・須玉・高根地区 

 山梨特有の石祠道祖神    

 道祖神の分布図(道祖神信仰)を見ると、長野、群馬、静岡、山梨、神奈川など本州中央の山岳地帯周辺に集中している。これらの県の中で、山梨の道祖神は原始的信仰を思わせる丸石、石棒・陽石を道祖神としているところに特徴がある。そして石祠道祖神も山梨特有の道祖神である。今回の「道祖神めぐり」は山梨県の北部、長野に隣接する北杜市を選んだ。北杜市には、私の好きな長野の道祖神の影響を受けたと思われる男女双体道祖神が比較的多く見られるからである。

小淵沢地区 
1 諏訪神社境内 (北杜市小淵沢町岩窪)
 石祠道祖神 二基いずれも祠内に男女双体像が祀られている。一つは二神で甕を抱えている。もう一方は握手像。
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2 大宮神社境内 (北杜市小淵沢町本町)
 石祠道祖神  神社裏にある二基は入母屋風。側面は唐様破風造りで彫刻がすばらしい。祠内には双体らしき像が見えた。この日は地域の清掃作業の日だったので境内を掃いている地元の年配の方と言葉を交わしたが、道祖神についての反応ははかばかしくなかった。
 下津金の石祠(この稿の6参照)と並び賞せられている。側面には三方、瓶子、御幣の彫り物もほとんど同形。彫刻のできなど含め優劣付けがたい。
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3 皇大神宮境内 (北杜市小淵沢町宮久保)  
 石祠道祖神  台石正面に珍しい「魚の口づけ」の彫り物がある。私にとっては初見である。石祠の中に祀られているのは瓶子と盃の丸彫りの祝言像。
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4 八幡神社境内 (北杜市小淵沢町高野)  
 文字碑道祖神 「会いたい!」と願っている道祖神の一つ。神社右裏手に縦80a 横67a の道祖神の文字碑はあった。篆書体で刻まれているが「道祖神」の文字は男女の性器を表している。「神」の文字の下に穴があるので覗いてみると下部は空洞になっている。研究者によればこの空洞は女性の体内を意味しているとのこと。碑の後ろに双体道祖神と単体道祖神も立つ。
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5 北野天神社境内 (北杜市小淵沢町久保) 
 双体道祖神  神社裏手に露座の双体道祖神や石祠など十数基が祀られている。たぶん町内から集められたのだろう。その中の6塔の双体道祖神はその形がそれぞれ異なっていて、双体道祖神像の造立の時間的変遷・進展を見ることができる。
 特に興味深いのは、@裾をはしょったような男女双体像。初見である。脚を見せているのはなぜなのか。男神はカラオケのマイクのようなものを手にしている。Aの像は摩滅が激しいので読解は難しかったが元禄三年(1690年)と読めるようだ。少し幼稚だがその作風は年代的に当てはまる像である。駒形の衣冠束帯の神官像が2塔。その1塔Bはレリーフのようで鮮明に見ることができる。秦野では見られない双体像。D羽織を着た商家の夫婦のような双体道祖神。信仰の身近さを感じた。E瓶子を手にする像と笏(しゃく)を持つ祝言像だが、長野や群馬の道祖神のような姿態の像はここでは見られなかった。
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     @裾をはしょったような姿 
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     Aほほえましい双体像
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      B神 官 像
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        C神 官 像 
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    D男神は笏 女神は合掌
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      E祝言(酒器)像

 石祠道祖神  両の扉に、三方に御幣を三本挿した瓶子を乗せた彫り物の石祠があった。石祠の正面上部に日本の大根が交叉している「違い大根」が彫られている。「違い大根」は男女交合のシンボル。その歓喜の姿を表しているのが歓喜自在天。日本では聖天さん信仰がこれにあたる。祈れば病気は退散し、夫婦は和合し、子宝に恵まれる、という。道祖神が子宝の神であることを示している。祠の中の男女双体像は線刻のように見える。歓喜像ではない。
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須玉地区
6 石祠道祖神 (北杜市須玉町下津金の路傍)
 石祠道祖神 「これほど立派な石祠道祖神は他にはない」(山梨の道祖神全体を調査された中沢厚さんの言葉)。高さ1,5b 台石から測れば2bを越える。正面は二重の破風の流れ造りで双鶴が舞う。懸魚、妻飾りなどすべて見事な彫り物。祠内には丸石と石棒。祠の前に丸石道祖神も祀られている。正面に『道祖神』が掲額。近所の年配の方に話しかけたが、この石祠が道祖神の研究者や好事家にとって「価値のあるもの」であることに興味を示されなかった。「正月に注連縄を張り神主さんが祝詞をあげる」「ドンド焼き行わなくなった」とのこと。
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    手前には丸石道祖神も 
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    双鶴、懸魚、妻飾りなど見事な彫り 
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   祠の中には丸石や石棒が
 
海岸寺(北杜市須玉町上津金)
 西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音の合計100体の石造観音を見ることができる。100体観音は信州高遠の石工・守屋貞治の作。高遠の石工が道祖神を彫ることになったことに守屋は影響を与えていると説く人もいる。大宮神社の石祠道祖神は守屋の作と言われている。
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高根地区
7 丸石・文字碑道祖神 (北杜市高根町箕輪・海道集会所横)
 丸石道祖神の台石に「衜祖神」と刻まれている。嘉永2(1849)年造立。「衜」は音読みで「ドウ」「トウ」で訓読みは「みち」。農蚕大神の碑が背後に立つ。
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 北杜市でも行く先々で「動かなければ出会えない」と、出会った人や道祖神の近所の家を訪ねて回った。海道では道祖神の道向かいにお住まいの小林敬民さんに道祖神祭りの話を聞くことができた。以下は小林さんのお話。
◇(高根町海道の道祖神祭りについて
 この海道地区は40軒ほどの集落。1月14日の午後6時、セーネン(青年)4人がオオカリヤ(御仮屋)を担ぎ結婚・新築・出産・入学など祝い事あった家と厄年の人のいる家庭を回る。オオカリヤが訪ねてきた家では酒を振舞い祝儀を出す。接待を受けたセーネンたちは、庭でオオカリヤをひねりながら三回廻し最後に「オイワイモース」と高く差し上げる。午後8時に御田でオオカリヤを焼く。これを「ドンドン焼き」と言っている。今はセーネンがいないので消防団が担いで地区を回っている。
 藁で作るオオカリヤは円錐形、高さは2bを超える。オオカリヤは以前はセーネンが作ったのだが今は自治会で作る。オオカリヤに付けられる角(ツノ)も藁製だが、伝統的なものなので長老が作っている。一年に二組作るので来年のものは今年のものは作ってある。
 昔はセーネンが13日に当家(その年の当番の家)に集まり夜明かし。酒を飲み、花札で遊んだりした。新人が若い衆の仲間入りをするための行事でもある。当家で朝6時に食事。この食事に地区内の小学生は全部招かれ、若い衆と一緒に食べる。食事か終わると若い衆は藁でオオカリヤを作る。
◇「道祖神の火事見舞い」という行事について
 オオカリヤを燃やすドンドン焼きは「道祖神さんの家が火事になる」ということ。道祖神さんが自分の家を燃やし、海道地区にはこの一年火事が出ないようにしてくれる。だから、そのお礼に2月8日(この日は「事終い」の日)に、海道の家々は藁馬に餅や米を背負わせ道祖神さんに持っていく、これが「道祖神の火事見舞い」という行事。でも今はやっていない。30 年くらい前からやらなくなった。
 地区の「お日待ち(今は月に一度の自治会の集会日)」は毎月18日だが、2月だけは「道祖神の火事見舞い」にあわせ8日に行う。地区の人が集まってお神酒を飲むだけになってしまったが。海道のオオカリヤは山梨県立博物館に展示されているはず。私が責任者で作ったオオカリヤ。ぜひ見てください。
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(偶然だが、私は今年1月山梨県立博物館で小林さんたちが作った海道地区のオオカリヤを見ている。「動かなければ出会えない」である。)

posted by echo-take at 14:45| 山梨県 北杜市の道祖神